「10月21日 あかりの日」
■はじめに
人類は火を制御できるようになって、飛躍的な発展を遂げることになります。
火によって得られる熱と光は、食物を加熱調理することを教え、天敵から身を守る術を教えました。
目 次
あかりの日とは
1879(明治12)年10月21日、エジソンが開発した白熱電球が40時間点灯し、実用化の道が開かれました。
この偉業を称えるべく日本の照明関係4団体が、10月21日を「あかりの日」として制定、照明文化の向上による豊かな社会の創造とエネルギーの有効利用を目指し、照明の意義を再認識する機会としています。
■あかりの日の意味と由来
大昔、人間の活動は太陽の光に頼っていましたが、火を手に入れて以降、木などの自然物を燃やすようになり、次に灯油の出現で本格的な「あかり」を文化として採り入れることになります。
また、「あかり」は生活上の光源であるだけではなく、精神世界における「ともしび」とした歴史を持っています。
古くから、火は文明が生み出した知恵の証であり、闇を照らし浄土へ導く光であるとされてきました。
「自らをあかりとし、法をあかりとせよ」
これは釈迦の言葉ですが、あかりは仏教にも欠かせないもので、無数の無縁仏にロウソクを灯して供養する京都・念仏寺の「千灯供養」、お盆の「精霊流し」など、今なお大切な風習として行われています。
送り火のあかりは、仏様やご先祖様が迷わないように道を照らすものです。
■あかりの日のイベント
パリ協定を踏まえ、政府の肝入りで進められている「COOL CHOICE」運動ですが、政府が絡んでいるわりには珍しく、各地で多彩なイベントが開催されているようです。
その中の明かりにかかわるイベントに、全国小学生ポスターコンテストがあって、ポスター中に必ず「10月21日は『あかりの日』」と入れなくてはなりませんが、毎年の入選作を見ると、さすがに小学生らしい微笑んでしまう作品ばかりです。
夏休みを使って描いてもらい、秋の「あかりの日」前後に表彰式というスケジュールです。
あかりの日の雑学
▽「問十二 夜空の青を微分せよ 街の明りは無視してもよい」
これは物理のテストではなく、2011年、とある女子高生が歌集に寄せた一首で、相当な話題となりました。
この解釈や論評はいろいろですが、大胆にもこれは恋の歌であると主張する人がいます。
この首の情景を想起し、「夜空の青を微分せよ」の解釈を経たうえで、下の句の「街の明りは無視してもよい」に焦点を当ててみると、恋する2人の心情が浮かび上がるのだと言います。
つまり、どこかで夜空を見上げている恋人同士がいて、その時間を微分することは、物理の理論上、時の流れが永遠になり、2人だけの世界がいつまでも続いてほしいといった想いです。
一方で、夜空を眺めるには邪魔な「街の明り」ですが、これは「明り=生活=家族・知人」を意味し、それらは「無視してもよい」と言っています。
要するに、恋人たちには家族や他人の一切関係できない時間があって、その時間がいつまでも続くよう願うゆえに、時間を微分するわけです。
また「問十二」から、言葉の投げかけ、やりとりの続いていることが感じ取れ、その前にも11の会話があったことを示唆しているので、これが恋人同士説を補強しています。
ちょっと苦しい解釈とも思えますが、古来、夜空や月は「恋の歌」と親和性があり、夏目漱石が「I love you」を「月がきれいですね」と訳したことを思えば、あながち見当外れとは言えない気がしています。
▽エジソンと田中久重と白熱電球
エジソン以前にも、白熱電球やアーク灯など、火を使わない明かりはありましたが、寿命や技術面の問題がありました。
エジソンは京都産の竹を素材としたフィラメントで、寿命の長い白熱電球を完成させて会社を設立し、これが現在のGE(General Electric)となりました。
やがて、日本でもカラクリ儀右衛門として知られる田中久重(TVドラマ「仁-JIN」で南方仁から豆電球をもらう)がGEと提携、安定した電球製造に乗り出します。
この電球はゾロアスター教の神アフラ・マヅダの名から「マツダ・ランプ」と名付けられ、東芝大躍進の源になりました(今は怪しい雲行きになりましたが)。
■最後に
数年前からアメリカで、電球を和紙で包んだ柔らかい間接光の照明器具が話題になっているようです。
これは日本のちょうちんにヒントを得て製作され「Akari」と呼ばれています。
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