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元宵節とは2023年はいつ?由来や灯篭の風習、過ごし方、食べ物は

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元宵節といえば、ご存じない方も多いかと思いますが、中国圏では有名な祭日となっています。

この元宵節ですが、実は日本でよく知られている七草粥のモチーフ、原形となっており、いまでは中国や台湾ではこの元宵節の時に風習として食べるところもあります。

 

そのような盛り上がりと歴史ある風習が存在する元宵節ですが、最近では交通機関の発達によって中国や韓国、台湾などに気軽に行けるようになりましたので、中華圏のお祭り、祭日の一環として元宵節についてご紹介したいと思います。

 

中華圏での祭日は、日本とは違ってお祭りや伝統ある風習が多いので、ぜひ中華圏に行って楽しむ際の参考にしていただけたらと思います。

 

元宵節2023年はいつ?中国・台湾など

元宵節とは最初にもご紹介したように、中国や台湾などといった中華圏では歴史ある祭日で、様々な風習があったりする祭日となっています。

この元宵節は中国での祭日「春節」から数えて15日目とされ、新しい年を迎えてから一番最初の満月の日となっています。

2023年の元宵節は2月5日(日) となります。

 

※春節とは・・・春節とはご存じない方もいるかもしれませんが、中国での旧暦でのお正月の日となっています。

中国春節(旧正月)について

台湾春節(旧正月)について

 

このことからもわかるように、元宵節は旧正月の最後の日とされています。

この元宵節は地方によっては灯篭に火を灯す風習が残っている所も多く、元宵節は別名灯篭節とも言われています。

 

中国や台湾といったら商店街などで赤色のイメージが強いと思いますが、元宵節での灯篭、提灯に明かりが灯って辺りを照らす様はまさに幻想的な雰囲気が漂います。

さらに、元宵節は灯篭節だけでなく、上元節と呼ばれることもありますので、同一のものと思っていただけたらと思います。

 

元宵節の由来

元宵節ですが、実は由来とされている説が地域によっては様々あり、いろいろな説が伝わっています。

特には元宵節で有名な由来の説は「諸呂の乱説」「天鵞説」「元宵説」となります。

簡単にご紹介しますので、どれが大元かは改名されていませんが、ぜひ参考にしていただけたらと思います。

 

諸呂の乱説

「諸呂の乱説」では漢時代に遡るとされ、実際にこの漢の時代に実権を握っていたとされる「呂后」の死によって国内は荒れたとされて、国内で諸呂の乱が起こったとされています。

 

しかし、諸呂の乱を治めるために、「劉桓」が皇帝の座に就くことによって事態が収拾し、諸呂の乱を鎮めることができたとされています。

 

この諸呂の乱を鎮めた日がこの元宵節の日とされる、正月から15日後とされ、この日を毎年祝うようにしたとされ、その祝日を「元宵節」としたとされています。

 

天鵞説

「天鵞説」では、名前にもあるように、「天鵞」と「玉皇大帝」が登場します。

この説では中国の神話ともされ、一匹の天界に使える鵞が地上に降りた際に、何も知らない猟師がその天の使いである天鵞を撃った矢で傷つけてしまいました。

 

天鵞が傷ついたことを知った中国圏の最高神である玉皇大帝が激怒し、天鵞に変わって正月から15日後の日に地上を焼き払おうとしました。

 

そのことを知った、中国の仙人は地上を焼き払われないようにするために、地上に舞い降り、中国圏に住む民達に正月の15日後に松明を焚き上げ、提灯を灯して盛大に辺りを照らすように伝えました。

 

中国の民たちはその仙人に言われたように正月の15日後に松明を炊き、提灯を照らしたとされています。

この光景をみた仙人は、玉皇大帝に対して、すでに地上を焼き払ったと伝え、松明や提灯によって明るく燃えている様を見た玉皇大帝は勘違いして、地上を焼くのをやめたとされています。

 

このことが現在も行われ、現在の正月の15日後にあたる元宵節は提灯や灯篭を灯す、「灯篭節」となったとされています。

 

元宵説

「元宵説」は前漢時代に遡るとされ、皇帝の側女とされる「元宵」の話となります。

この元宵は皇帝に仕えたものの、家族と離れて暮らすことになり、3年以上も会っていませんでした。

 

そのことで家族や家の事が心配になり、嘆き悲しみ、寂しくなった元宵は井戸に身を投げて自殺をしてしまおうとしました。

 

その元宵が身を投げ出そうとした際に、偶然居合わせた大臣である東方朔が引き止め、家族の事を思う元宵に対して、妙案を見出しました。

 

それは元宵を火の神に扮し、玉皇大帝の使いと称して、16日の夜に長安を焼き上げて宵夜を赤く染めると赤い書状に残すと共に告げました。

 

これに驚いた、武帝が大臣である東方朔に相談をしたところ、火の神は「湯圓」と呼ばれる団子が好きとされ、その湯圓を作るのが上手な女官が「元宵」という事を武帝に知らせました。

 

このことを知った武帝は側女である「元宵」を作らせると共に、元宵以外の多くの人々にも湯圓を作らせてお供えするようにしました。

 

さらに、長安に火が上がって燃え上がっているように見えるように、街中の灯篭や提灯に火を灯して、花火や爆竹を鳴らしたとされています。

この際に、見物に来た元宵の家族と元宵は再会し、それから毎年会ったとされています。

 

このことにより、お正月の16日後に向けて15日の夜には「湯圓」という団子を食べる風習が出来たとされています。

 

このような様々な物語から「元宵節」が出来たとされていますが、どれも信憑性が高いとされ、ぜひ他の人にも由来を教える際にはいろいろな説がある事を紹介していただけたらと思います。

 

元宵節の風習

元宵節の由来の際に様々な風習をご紹介しましたが、途中でも挙げたように元宵節の日には、灯篭や提灯に火を灯す風習があります。

 

中国ではこの元宵節以外にも提灯や、ランタンに火を灯す風習がありますが、この元宵節でも神秘的な雰囲気を味わえますので、ぜひ夜景やそのような幻想的な雰囲気が好きな方にはお勧めです。

 

この提灯や灯篭を灯す以外にも一部の地域ではさらに変わった風習がある所もあり、石を投げあう風習や、必ず外出しないといけない風習、憎い相手に対して罵倒するといった変わった風習がありません。

 

世界の風習に対して興味がある方はそちらも体験していただけたらと思います。

 

元宵節の過ごし方

元宵節での過ごし方は基本的にみんな外出することが多いです。

 

先ほども少しご紹介したように、一部地域では外出するといった風習がある所があると共に、外ではお祭りムードが漂っていますので、基本的中国圏の人は外に出てお祭りを楽しみます。

 

夜になると、元宵節にて「湯圓」を食べる風習がありますので、家族や友達、恋人といえで「湯圓」を食べて過ごす人が多いです。

 

元宵節の食べ物

元宵節での食べ物として有名なのはやはり「湯圓」です。

「湯圓」とは元宵節の途中でもご紹介したように、中に餡が入った団子です。

 

昔では、最初は粥のような食べ物を食べていたとされていますが、次第に食の文化が進み、満月のような丸い形の団子と変わり、家族団らんの意味も含められたとされています。

 

そのような「湯圓」ですが、その伝統は今もなお続き、最近では冷凍の「湯圓」が販売されているほどです。

 

この「湯圓」は中の餡も様々あり、小豆をはじめとした餡や、胡麻餡、落花生餡といった様々な餡がありますので、老若男女問わず好かれる食べ物とされています。

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まとめ:元宵節は歴史あるお祭り

元宵節は様々な歴史や風習がある事をご紹介しましたが、やはり元宵節で印象に残りやすいのでは、灯篭や提灯の幻想的な様子と湯圓を食べるものとされています。

 

外でも元宵節ではお祭りムードで、お正月の最後の日として盛り上がりがピークとなっていますので、正月を迎えた日を楽しむ最後の日として、行く機会がある人はぜひ楽しんでいただけたらと思います。

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