「7月31日 蓄音機の日」
■はじめに
「蓄音機」とは文字通り、音を蓄える機械です。
レコードプレーヤーやCDデッキは再生機器であり、レコード、CDを制作するためのおおもとの音を記録する機械が「蓄音機」なんですね。
iPodやWALKMANも音を蓄えられますが、こちらは収録された音源の複製機です。
目 次
蓄音機の日とは
1877(明治10)年7月31日、発明王エジソン(1847~1931)が蓄音機の特許を取得したことから、7月31日は「蓄音機の日」とされていますが、その後の蓄音機の歴史をたどると、この特許はそれほどの重みは感じられていないようです。
■蓄音機の日の意味と由来
当時、エジソンは電話機からの音を、紙テープに機械的に書き込む発明に取り組んでいましたが、その過程で電話にこだわらず、音を記録して再生することこそが重要だと方針を転換、やがて「話す機械」を誕生させます。
この「話す機械」は、錫箔(すずはく)を巻き付けた銅の円筒を手で回転させて、振動板に直結された録音針で錫箔に溝を刻み、その深さを音の強さによって変化させることで音を記録しました。
この溝を再び針がたどることで、今度は音が再生されます。
ごめんなさい、こう書かれても、現物を見なければ何のことだかさっぱりわかりませんよね。
エジソンはこれを「フォノグラフ」と命名、公開時に再生された音は、エジソンが自ら吹き込んだ「メリーさんの羊」だったそうです。
しかし、このフォノグラフは性能が悪く実用には適しませんでした。
その後、グラハム・ベル(1847~1922)が錫箔をワックスに代え、録音と再生の針を別にするなどの改良を加え、実用に耐え得る「グラフォフォン」を世に送り出すことに成功します。
しかし、この円筒形では複製による大量生産ができない欠陥は解決されないままでした。
そして、蓄音機発明3人衆の真打、エミール・ベルリナー(1851~1929)が登場します。
ベル研究所をやめていたベルリナーは、縦振動で円筒に刻む方式から、針の振動を横振動に変換して円盤に刻む方式に変更しました。
さらに、音を刻んだ亜鉛の円盤を酸で腐食させることで、強固な溝を持つ原盤を作成し、これをプレスすることで大量生産の道を開きました。
ベルリナーはこの円盤式を「グラモフォン」と名付けてグラモフォン社を設立し、同社はいくつかの変遷を経て、今日の音楽企業「ビクター」につながります。
■蓄音機の日のイベント
というわけで、最初の発明でしたが性能がパッとせず、ベルリナーに名を成さしめてしまったエジソンですが、さすがは発明王、特許の日ではなく、公開した12月6日が「音の日」として称えられています。
イベントはこちらのほうにお任せです。
蓄音機の日の雑学
▽電気蓄音機の登場
ベルナーの円盤式、つまりレコードによって大量生産は可能となりましたが、その原盤制作は振動板に大きな音を加える必要があるため、歌の蓄音なら振動板のラッパに向かって大声で歌わねばなりませんでした。
やがて、音波をマイクロホンで電気信号に変え、電気的カッターで溝を刻むことができる電気蓄音機の誕生により、再生面でも格段の進歩を遂げて、音量の調整や音質も向上しました。
▽レコード
当初のレコードは直径25cmと30cmの2通りで、回転数は毎分78回転と決められており、後にSPと呼ばれます。
落として割れてしまうことがよくありました。
1948年には回転数が毎分33と3分の1回転で、塩化ビニル製のLPが登場し、翌年には毎分45回転のドーナツ盤も現れ、さらにドーナツ盤と同じサイズで収録時間の長いEPも誕生しました。
雑誌の付録のフォノシートなんていうペラペラしたのもありましたね。
■まとめ
筆者は録音の理屈はわかるつもりですが、レコードの溝を針でなぞって、どうして声の違いや、楽器の音色の違いまで再生できるのか、今もって不思議でなりません。
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