お正月には、だいたいどのご家庭でもお供えしたり飾られたりしている鏡餅。
なぜお正月の飾りとされるようになったのか、ご存じでしょうか。
いつからいつまで飾るのかなども、併せて紹介します。
目 次
鏡餅の意味や由来は?
鏡餅は、餅を神仏に供える日本の伝統的な正月飾りです。
穀物の神である年神を迎えるためにお供えし、年神の依り代とされています。
依り代(よりしろ)とは、神霊が依り憑く物のことで神体や神域を指すのですが、お正月は鏡餅が対象ということになります。
なぜ鏡餅という名称なのかというと、昔の鏡が青銅製の丸形でその形に似ていることに由来しています。
中でも神事などに用いられる三種の神器の一つである、八咫鏡(やたのかがみ)を形取ったものと言われていて、他の二つである八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が橙(ダイダイ)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)が串柿を表しているとも言われています。
また、お餅は古来から神へのお供え物の一つとされ、お正月にも毎年平たい餅をお供えする風習があったのだそうです。
他にも、鏡餅が丸い形をしているのは円満を、2つ重ねるのには重ね重ねを表すことから、円満に年を重ねるといった意味もあります。
鏡餅はいつからいつまで飾る?
前述した通り、鏡餅は年神へのお供え物なので、松の内が終わるまで飾っておきます。
松の内とは、正月飾りの一つである松飾り(門松)を飾っておく期間の事です。
松飾りは年神が道に迷わないように目印として家の前に飾り、年神が滞在していることを示す印とも言われています。
そして松の内の期間ですが、実は地域によって異なります。
一般的に、現代では1月7日までとされていますが、元々は小正月である15日までとされていました。
そして、鏡餅を下げて食べる鏡開きを20日に行っていたのですが、徳川家光が慶安4年(1651年)4月20日に亡くなった事から1月20日は忌日として避けることとなり、鏡開きは11日とし、松の内も7日までへと変更されたのです。
これは関東地方を中心とした地域でのことであり、江戸幕府の影響をあまり受けなかった関西地方では、今でも15日を松の内とする地域が多いようです。
逆にいつから飾り始めるのかというと、早い分には問題はないそうですが「八」という数字が末広がりで縁起が良いとされていることから12月28日が最適と言われています。
12月29日は「九」が「苦」につながるので避けるべきとされていますが、地域によっては29を「福」と読み替え、この日に餅をつくこともあります。
12月31日に飾る場合は「一夜飾り」や「一夜餅」といって葬儀の飾り方を連想したり、誠意に欠けるなどの意味合いを持つことから避けることが多いです。
12月30日はキリの良い数字でもあり悪くないと考えられていますが、旧暦では12月は30日までしかない為、その場合「一夜餅」と同じ扱いとなるので避けた方が良い場合もあります。
その他にも12月31日を除いた大安の日を選んでお供えする地域もあります。
そして、正月が終わって下げた鏡餅は「鏡開き」を行い、食することになります。
刃物で切り分けるのは切腹を連想させるので、手や木鎚で餅を食べやすい大きさに分けます。
このことから鏡割りとも言われていましたが、「割る」という表現も縁
起が悪いということで、「開く」という末広がりの意味で縁起の良い表現を使った、鏡開きが一般的な呼び名となりました。
鏡開きの時には乾燥して硬くなり、ひび割れているため雑煮や汁粉、焼餅などにすることが多いです。
年神が宿った力を分けてもらい、一年間の健康や幸せを願います。
鏡餅は12月28日から1月7日まで飾ると思っていればまず間違いないでしょう。
ほかの飾りについてはこちら
正月飾りの代表とも言える鏡餅には、年神が関係した重要な役割があったんですね。
飾ることも大切ですが、その後には家族みんなで食べて、元気に一年のスタートを切りましょう。