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レモンの日とはいつ?意味や由来、イベントは。酸っぱく爽やかな果実

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▪はじめに

「レモンの日」と聞くと、すっぱくて爽やかな瑞々しいレモンの果実が思う浮かぶのではないでしょうか。

しかし「レモンの日」という記念日は、愛に溢れた人の悲しい日に因んでいるのです。

そこで今回は、レモンの日やレモンにまつわるイベントや雑学などをご紹介していきます。

 

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レモンの日とは

レモンの日は毎年10月5日にあります。

レモンの日は、「智恵子抄」という詩集を書いた高村光太郎の妻・智恵子の亡くなる前のことを詠った「レモン哀歌」から生まれた記念日です。

いつ誰が制定したのかは不明です。

 

▪意味

レモンの日は、高村光太郎の妻・智恵子亡くなる直前の様子を詠った「レモン哀歌」に因んで作られた記念日です。

 

▪由来

レモンの日は、高村光太郎の妻・智恵子が亡くなる数時間前にレモンをかじる様子を詠った「レモン哀歌」が由来となっています。

10月5日なのは、智恵子の命日が1938年(昭和13年)10月5日だからです。

 

▪レモンに関するイベント

髙村幸太郎に因んだ「レモンの日」というよりもレモンそのもののイベントが各地で開催されています。

 

レモンの産地として有名な広島県尾道市瀬戸田町では、毎年「せとだレモン祭り」を開催しています。

2019年には3月24日(日)に行われ、多くの来場者がありました。

イベントの内容は、レモン丸かじり・レモンを高く積んでいくレモンタワー・レモン担ぎトライアルの3つの世界選手権や、地元レモン農家さんのよるレモンづくり名人品評会などが行われました。

また、レモンを使ったグルメコーナーやレモンやはっさくなどの地元の特産品とハンドメイドや工芸品の販売ブースが設けられたり、沢山のミュージシャンによるレモン音楽祭も行われました。

お子さんからご年配の方まで幅広い層に方たちが楽しめるイベントですので、ぜひご家族で来場してみてください。

 

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レモンの雑学

<「レモン哀歌」に込められた思いとは?>

「レモン哀歌」とは、高村光太郎が妻の智恵子が亡くなる直前の様子と智恵子に対する思いを詠った詩です。

 

『レモン哀歌』

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとつた一つのレモンを

あなたにきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉のどに嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬かたむけた

それからひと時

昔山巓さんてんでしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まつた

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう

(引用元:「智恵子抄」青空文庫)

 

高村光太郎はニューヨーク美術学校の特待生になるほどの実力を持った彫刻家でした。

しかし、日本の古い価値観や美術界の権威主義に反発し、その思いや苦悩を表現するために詩を書くようになります。

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一方、福島県の造り酒屋の娘であった智恵子は若くから注目を集める実力派の女流画家でした。

この2人は、平塚ライチョウが創刊した「青鞜」という雑誌を通して知り合い、お互いに強く愛しあうようになります。

 

出会ってから3年後の1914年(大正2年)に結婚しますが、智恵子の実家が破産したり、自分の絵に対する悩みなどのストレスが強く、1931年(昭和6年)頃から智恵子は精神を病んでいきます。

光太郎は献身的に看護をするのですが、病状が悪化し光太郎は眠ることも出来なくなってしまったため、智恵子は1935年(昭和10年)脳病院(現在の精神科病院)に入院しました。

 

もともと病弱だった智恵子は結核を患い、1938年(昭和12年)10月5日に粟粒性肺結核のため亡くなりました。

その3年後、光太郎は智恵子との思い出を綴った詩集「智恵子抄」を出版します。

 

その中の「レモン哀歌」には、亡くなる直前にレモンをかじった智恵子が精神を病む前の智恵子に戻り健康な頃と同じ力で手を握りかすかに微笑んだと詠いました。

それはまるで火が消える直前のろうそくのように儚くも強く、昔と同じように光太郎と智恵子の心が強く繋がったことが伺えます。

智恵子が亡くなっていく様子を美しく表現し、悲しみの中に救いも見られるとても温かい詩だと思いませんか?

 

<マフィアが生れたのはレモンを守るため?>

マフィアと聞くと、裏社会に生きる犯罪集団というイメージが強いですよね。

しかし、じつはマフィアとは正義の味方だったのです。

 

1800年代、ヨーロッパは各国が船を使って海外に渡る大航海時代と呼ばれる時代でした。

当時の長い船旅には干し肉などの保存食しか持っていけず、野菜や果物などの生ものはほとんど食べることが出来ませんでした。

これにより、深刻なビタミンC不足による「壊血病」という命に関わる病気が船員の間で流行しました。

 

その頃、貿易を行う商船などを狙って増えてきたのが海賊でした。

海賊も壊血病に悩まされるのは同じことで、手軽にビタミンCを補うことのできるレモンやミカンなどの柑橘類の生産で有名なシチリアが海賊に襲われるようになったのです。

そんな中、海賊からシチリアの農民たちとレモンを守るために出来たのが「マフィオソ」と呼ばれる武装した農地管理人のグループでした。

この「マフィオソ」がマフィアの始まりなのです。

 

マフィオソはシチリアの農民たちを守っていましたが、1861年にシチリアがイタリア王国に統合されたことをきっかけに犯罪集団に変わっていったのです。

イタリア王国に戦争で負けて統合されたシチリアは、新政府に反発していました。

その反政府運動の中心にいたのがマフィアで、物資を調達するため暴力や恐喝を行うようになりました。

その後マフィアはアメリカに移住し勢力を拡大させていき、現在まで残る世界的な犯罪組織になっていったのです。

 

▪まとめ

レモンの日は、悲しくて苦しくてそれでもなお愛おしい高村光太郎の妻への想いに触れることができる記念日なのだと思います。

レモンの日には、高村光太郎の詩を読んでみるきっかけになればと思います。

もちろん、爽やかなレモンを色んな形で味わうのもおすすめです!

 

他にもおもしろい記念日がたくさんあります!

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