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おじいさんの日とはいつ?意味や由来、「おじいさん」の語源とは

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▪はじめに

高齢者を敬う日というと敬老の日ですが、じつは他にも高齢者を敬い「ありがとう」を伝えることを目的とした記念日があります。

そこで今回は、普段あまり伝えることのない感謝の気持ちをおじいさんに伝えるために制定された記念日やおじいさんに関する雑学などについて紹介していきましょう。

 

おじいさんの日とは

おじいさんの日は、毎年2月2日にあります。

この記念日は、「敬老の日」だけでなくおじいさんに感謝する日として酒類や食品の卸売を主要事業とする伊藤忠食品株式会社によって制定されました。

 

因みに、伊藤忠食品株式会社は8月8日に「おばあさんの日」という記念日も制定しています。

 

▪意味

おじいさんの日には、高齢化が進むなか「敬老の日」だけでなく「父の日」のようにおじいさんに「ありがとう」を伝える日に欲しいという目的があります。

 

▪由来

おじいさんの日が2月2日となったのは、「2」と「2」でおじいちゃんの愛称である「じいじ」と読む語呂合わせが由来となっています。

 

▪イベント

おじいさんの日に関するイベントは、残念ながら見つけることができませんでした。

 

おじいさんの雑学

<「おじいさん」の語源とは?>

「おじいさん」とは、直系尊属(前の世代)2親等の男性(父の父、母の父、夫の父の父、夫の母の父、妻の父の父、妻の母の父)のことを指す一般的な日本語、もしくは高齢の男性全般を指す日本語です。

最近では孫から「じいじ」という愛称で呼ばれることも多く、我が家でも子供たちは自分のおじいさんたちのことを「じいじ」と呼んでいます。

 

この「おじいさん」という呼び方ですが、「おほぢ(おおぢ)」という言葉が語源となっています。

「おほぢ」とは「大(おほ)」と「父(ち)」という漢字が充てられており、「大きい父(父や母の父)」という意味がありました。

この「おほぢ」という言葉がいつから使われていたのかは定かではありませんが、奈良時代末期に作られたとされる日本最古の歌集「万葉集」にはすでに「ちち」「はは」という言葉が使われているため、この頃には「おほぢ」という言葉も使われていたのではないかとされています。

 

その後「おほぢ」には、「家系の始まりの人・自分よりも前の世代の人」という意味を持つ「祖」という漢字を使った「祖父」という漢字が充てられるようになりました。

「祖父(おほぢ)」という言葉は平安時代に書かれた「源氏物語」に登場しています。

「おほぢ」という呼び方は江戸時代に入るまで続きますが、江戸時代初期になると「おほぢ」から「ぢぢ」や「ぢい」という呼び方に変わっていったとされ、これに敬称を付けた「おぢぢさま」「おぢいさん」「ぢいさん」という呼び方が一般的になっていったとされています。

「おじいさん」という呼び方が広まったのは、1903年(明治36年)に発行が開始された日本の教科書「尋常小学読本」に「おじいさん」という呼び方が書かれていたからだとされています。

「おじいさん」という呼び方は、孫などの小さな子供を中心にもう少し砕けた形の「おじいちゃん」となり、現在では「じいじ」と呼ばれるようになったのです。

 

<浦島太郎はなぜおじいさんになってしまったの?>

日本の昔話には、おじいさんやおばあさんが登場するものは多いですが、登場人物の青年がおじいさんになってしまう物語は「浦島太郎」だけです。

「浦島太郎」はどうしておじいさんになってしまったのでしょうか。

 

浦島太郎の物語を簡単に紹介しましょう。

 

亀を助けて竜宮城に招待された浦島太郎は、竜宮城の乙姫と楽しい時間を過ごしますが、家に置いてきた年老いた母親が気になって家に帰りたいと願います。

乙姫は浦島太郎を引き留めようとしますが、浦島の強い願いに根負けして、家に帰ることを許しました。

決して開けてはいけない玉手箱を手渡して。

地上に帰った浦島は、故郷の景色が変わってしまったことや知人や残した母親が死んでしまっていることで、竜宮にいる間に陸地では何百年もの時が過ぎていたことに気づき絶望します。

さらに浦島太郎は乙姫から「決して開けてはいけない」と言われていたにもかかわらず玉手箱を開けてしまいます。

玉手箱の中からは白い煙がでてきて、浦島太郎はおじいさんになってしまいました。

 

この話を読んだことのある大抵の人は、浦島太郎がかわいそう、という感想を持つと思います。

私も子供のころから、やさしい浦島太郎が何も悪いことをしていないのにどうして一人ぼっちになった挙句、おじいさんにまでなってしまうんだろうともやもやしていました。

大人になってからも色々な人の考察を聞いたり読んだりしてきましたが、自分を置いてきぼりにして地上に帰る浦島太郎に対する乙姫の復讐なのではないかという意見が多く、なんともやるせない気持ちになったものです。

でも、乙姫は「決して開けてはいけない」と言って手渡しましたよね。

それがなぜ復讐に繋がるのでしょうか?

 

玉手箱の中身は浦島太郎が竜宮城で過ごしていた時に経過した地上の時間と考えられますが、乙姫は恐らくそれを知っていて開けてはいけないと注意しています。

開けるなと言われると開けてしまうのが人間の心理とされ、乙姫は開けるなということで実は浦島が開けるように仕向けたのではないかという説がありますが、乙姫はそこまで浦島に強い恨みをもっていたのでしょうか?

これは、乙姫が浦島と結婚したいと思うほど愛しすぎたが故、自分を置いていく浦島が許せなかったからではないかと考察されています。

 

でもじつは、乙姫には恨みなど無かったのではないかという説もあるのです。

これは、浦島太郎の物語の原作と言われる室町時代に書かれた「御伽草子」に収録されている浦島太郎の物語に続きがあることに関係します。

御伽草子では、浦島太郎が助けた亀が美女となって浦島と結婚し竜宮城で3年間過ごしますが、置いてきた家族に1ヵ月だけ会いに行きたいといいます。

女性は自分が助けてもらった亀であることを告白し「ここで別れたらいつ会えるか分からないけれど、生まれ変わってもあなたと夫婦になると信じている」と玉手箱を渡して浦島を地上へ帰します。

地上に帰った浦島は、竜宮城で3年過ごしている間に地上では700年も経っていたことを知り、絶望して玉手箱を開けてしまい煙に包まれどんどん歳を取っていき、最後には鶴になってしまいした。

鶴になった浦島は、「竜宮城では時間が地上の何倍も早く過ぎるから人間である私は本当ならばすぐに死んでしまっていたのだろう。妻(助けた亀)は、私が死んでしまわないように「歳」を玉手箱に入れてくれていたんだ。そしてもし私が開けてしまったときには、千年生きるといわれる鶴になるようにしてくれていたんだ」と悟ります。

そして鶴になった浦島は神様の国(蓬莱山)に飛び去り、その後、妻(亀)と一緒に夫婦の神様として祀られました。

つまり、玉手箱を開けた浦島太郎がおじいさんになったのは、恨みどころか亀が大切な人の命を守った結果であり、その愛の深さから二人は神様になって永遠に結ばれたというわけなのです。

 

私たちがよく知る「浦島太郎」は、明治時代の政府が当時の童話作家・巌谷小波が伝承された民話などをもとに書き直したものを短縮して教科書に載せたもので、子供たちに恋愛観を取り除き、良いこと(亀を助ける)をしたら良いことが返ってきて、約束を破ったら罰が下るということを教えるために省略されたといわれています。

ですから、私たちが知る浦島太郎がおじいさんになったのは子供たちに教訓を与えるためで、本来はおじいさんになり更に鶴になることで真実の愛を見つける物語だったのです。

 

▪まとめ

「おじいさん」という言葉には、昔から年長者を敬う気持ちが込められていたことを知り、改めて日本語は素敵だなと感じました。

おじいさんの日は敬老の日に比べるとあまり知られてはいませんが、プレゼントを添えておじいさんに「ありがとう」を伝えてみてはいかがでしょうか。

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