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中国残留孤児の日とはいつ?意味や由来、イベントは。悲しき歴史

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■はじめに

3月と言えば卒業シーズンですね。あまたの出会いと別れがあるさみしいような、うれしいような複雑な心境になるような季節ですね。

3月2日は中国残留孤児の日です。

 

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■中国残留孤児の日とは

中国残留孤児の日は毎年3月2日にあります。

正式にいつ頃制定されたのか、どの団体が制定したのかなどは分かっていません。

 

■意味

第二次世界大戦末期、現在の中国東北地方(旧満州地区)には開拓団など約150万人の日本人が居住していましたが、ソ連軍侵攻と関東軍の撤退によって満州での日本の支配権と社会秩序は崩壊しました。

敗戦の混乱の中、帰国の途中で肉親が死亡したり、または行方不明となったり、中国に残留を余儀なくされた子供たちは数万人にまでなったそうです。

日本政府はその子供のうちで、両親が日本人であり、日ソ開戦が直接の原因で両親が死亡したり、もしくは生き別れとなったりした、当時12歳以下の者を中国残留孤児と定義しています。

孤児は中国人の養父母に育てられたが、日本人であることを知らなかったり、帰国の機会や手段を与えらなかったりと、中高年になるまで帰国できませんでした。

 

その後、1972年(昭和47)年日中国交正常化交渉がはじまり、厚生省は1975(昭和50)年からやっと公開調査を開始。

1978(昭和53)年8月、日中平和友好条約成立。

それから3年後の1981年の今日、初めて、残留孤児が国費で来日しての「訪日調査」が始まったのです。

2016年(平成28年)12月31日現在、訪日調査などを行った孤児2,818名のうち1,284名の身元が判明してます。

 

残留孤児がどのようにして生まれたかのケースを大きく分けると

  • 集団自決の現場や戦場などで親は死んだが、傍らで生き残り、その後に、中国人によって助けられたケース。
  • 親とはぐれたり、足手まといになるからと毒を飲まされたりなど殺されたはずが生き延びたケース。
  • 難民収容所で餓死するよりはと親が中国人に預けたケース。
  • 街中で拉致され、次々に売り飛ばされたケース。

などが挙げられます。

日中国交回復後、残留孤児の訪日調査は、戦争によって引き裂かれた家族の再会、その祖国への帰国につながったが、中国で育った残留孤児の日本社会への適応は簡単ではなかったのです。

帰国した人たちの多くは壮年を過ぎてから帰国したために、今でも約9割の人は日本語を習得できておらず、また、幼い頃から現地での労働力として扱われ教育を受けられず、こども時代は中国人として育てられるなどもあり、キャリアアップ等、日本での社会適応能力に乏しく、生活保護を受けている例も少なくないそうです。

 

■由来

1981(昭和56)年3月2日、厚生省の招待で中国残留日本人孤児47名が、肉親探しの為に初めて公式に来日しました。

これは実に36年ぶりのことでした。

初めて公式に来日した3月2日を中国残留孤児の日と定めました。

 

■イベント

現在、中国残留孤児の日に関する定期的なイベントは行われていないようです。

戦争の時代を知っている世代自体も少なくなってきているため、あまり知名度もなく、中国残留孤児の日を知っている人は少ないようです。

数々のNPO法人が中国残留孤児の日にこだわらず、日中友好に関する様々なイベントを催しているようです。

例えば餃子食事会など、友好を楽しく深められるようなものも多いので、中華料理好きの人などもひとつのきっかけとして調べてみてはいかがでしょうか。

 

■まとめ

今回は中国残留孤児の日についてご紹介させて頂きました。

第二次世界大戦による被害者救済に関する大きな一歩をふみだした記念すべき日でしたね。訪日調査が始まってすでに30年以上たった今もなお、身元が判明していない方もいるというのが驚きですね。

今や戦争の記憶は薄れているかもしれませんがこの日を機に一度思い返して勉強してみるのもいいかもしれません。

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