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世界平和記念日とはいつ?意味や由来、イベントは。

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▪はじめに

かつて、イギリス・フランス・ロシアを中心とした連合国軍とドイツ・オーストリア・トルコを中心とした同盟国軍に分かれて戦った史上初の世界大戦が起こりました。

第一次世界大戦と呼ばれるこの戦争は、多くの戦争犠牲者を生み出し終結します。

日本人にはあまり知られていませんが、ヨーロッパを中心に、世界各国の人々が第一次世界大戦の戦争犠牲者の追悼と世界平和を誓う日が11月にあるのです。

 

世界平和記念日とは

世界平和記念日とは、毎年11月11日にあります。

この記念日は、1918年(大正7年)の11月11日にドイツ軍が連合軍代表のアメリカ軍との休戦協定に調印したことで、4年余り続いた第一次世界大戦が終結したことに因んで制定された国際記念日です。

 

1914年(大正4年)6月28日に勃発した第一次世界大戦は、ドイツ軍が休戦協定調印した翌年の1919年(大正8年)6月28日にフランスのヴェルサイユで調印された「ヴェルサイユ条約」によって正式に終結しました。

 

▪意味

世界平和記念日には、第一次世界大戦が終結したことを記念する意味と、再び戦争を起こさないようにしようという誓いの意味が込められています。

 

▪由来

世界平和記念日は、1918年(大正7年)11月11日午前11時に、パリ郊外にあるコンピエーニュの森に停車中であった列車内でドイツ軍と連合軍代表のアメリカ軍が休戦協定に調印したことに由来して制定された記念日です。

この調印で第一次世界大戦は実質的に終結したので、ヨーロッパ各国やアメリカ、カナダなどでは11月11日を第一次世界大戦の終戦記念日としています。

 

▪イベント

連合国の1つであったイギリスでは、毎年11月11日を「リメンバランス・デー」と呼び、午前11時に第一次世界大戦の戦没者を追悼するための2分間の黙とうが捧げられています。

また、11月の第2日曜日もしくは11月11日に近い日曜日を「リメンバランス・サンデー」とし、ロンドン中央部では英国王族をはじめ首相や各政党党首などの国の代表が出席する国をあげての追悼式典が戦死者の慰霊碑前で開催され、午前11時の黙祷や花輪の献花など様子がテレビで生中継されます。

同時に、イギリス各地の慰霊碑周辺でも追悼の行進をした後に黙祷や献花が行われており、この追悼式には誰でも参加できるそうです。

 

イギリスでは11月11日の追悼式典以外にも、秋になるとが近くなると「ポピー・アピール(ヒナゲシ募金)」という退役軍人のための募金を行っています。

募金をすると赤いポピー(ヒナゲシ)の花が貰えるので、それを胸に飾って追悼の意を表すそうです。

なぜ赤いポピーなのかというと、第一次世界大戦時に戦場となったフランス北部やフランダース地方で、戦後にこの地を埋め尽くすように咲いたのが赤いポピーだったことから欧州では追悼の花として意識されるようになったからです。

 

そのほかにも、ヨーロッパ各国では毎年世界平和記念日に戦没者追悼記念式典が行われ、アメリカでは軍による記念式典が行われています。

 

世界平和の雑学

<日本で世界平和記念日があまり知られていないのはなぜ?>

ヨーロッパやアメリカでは第一次世界大戦の終戦記念日として祝日にもなっている世界平和記念日ですが、日本での知名度は低いですよね。

日本もこの戦争に連合軍側として参加していたのに、どうして日本ではこの記念日の知名度が低いのでしょうか?

 

1番大きな理由は、日本人には第二次世界大戦の方が強く記憶に残る出来事だったからです。

第二次世界大戦は日本自体が戦場となり、空襲や2度の原爆投下によって兵士だけでなく莫大な数の一般市民までもが犠牲になった日本の歴史上最悪の出来事でした。

ですから、日本での終戦記念日といえば8月15日であり、永遠の平和を誓う日といえば広島に原爆が落とされた8月6日と長崎に原爆が落とされた8月9日となったといえます。

 

一方、第一次世界大戦は日本も参戦していたとはいえ、戦場は海外であり大きな戦いには参加していなかったので、当時のほとんどの日本人には実感の湧かない物語のような感覚であったのではないかと考えられます。

実際、日本は他の参戦国に比べると戦死者や負傷者の数が少なく、日本軍は動員数80万人のうち死者415人、負傷者907人であったと記録されています。

比べてその他の同盟国は少ない国でも死者3,000人、最も過酷な戦場となったロシアやフランスでは100万人を超える死者が出たとされており、ヨーロッパの人々の中では根強く残る負の記憶であることが世界平和記念日の認知度の大きな差であると思われます。

 

<第一次世界大戦によって人が住めなくなった土地がある>

第一次世界大戦は、それまでの戦争とは違い毒ガスや戦車、飛行機、潜水艦などの新しい兵器が次々に導入されたものでした。

そのせいで、大量の死傷者を出しただけでなく、戦後100年以上経った現在でも人が住めなくなってしまった土地を生み出す結果となってしまったのです。

 

第一次世界大戦中、最大級ともいわれるのがフランス軍とドイツ軍の間で起きた「ヴェルダンの戦い」と「ソンムの戦い」で、ヴェルダンの戦いでは70万人以上、ソンムの戦いでは100万人以上の戦死者が出たとされています。

戦場となったフランスのロレーヌ地方にあるヴェルダンと同じくフランスのピカルディ地方にあるソンム周辺の土地には、その時使われた毒ガスが今でも残留しているため、人が近づくことすらできなくなってしまいました。

 

フランス政府はこの地域を危険地帯(レッドゾーン)として立ち入り禁止区域とし、人が住めるように回復させることは不可能だとして現在も禁止が解かれる可能性はないのだそうです。

区域内では、銃弾の鉛や、戦車の砲弾や手榴弾などの不発弾の処理もできないまま大量に残され、犠牲者の遺体すら回収できずそのまま放置されています。

 

この区域には、かつては9つの村があり人々が生活をしていたのに、第一次世界大戦によって村が消えてしまっただけでなく、銃弾に使われた大量の鉛が風化して土や水に染み込み、この区域の土や水は今でも汚染されたままになっており、この辺りに住む野生動物の体からは、基準値をはるかに超える鉛が検出されているのだそうです。

 

原爆投下で二度と草も生えない土地になってしまったといわれていた広島や長崎でも、完全に復興し多くの人たちが生活できるようになったのに、100年以上経った現在でも取り返しのつかない大きな爪跡が残っている場所があることに驚きました。

現在この土地は緑に覆われていますが、砲弾の跡などは残ったままで戦争の悲惨さや人間の愚かさを物語り続けています。

 

▪まとめ

第一次世界大戦はヨーロッパを中心とした戦争だったので、終戦記念日は第二次世界大戦に比べると日本人には認知度の低いものであると思われます。

しかし、この戦争での総死者は992万人、行方不明者は775万人にも及び、日本軍も他国に比べると少ない数に見えますが、415人もの戦死者が出てしまいました。

この日本人を含む多くの犠牲者を追悼するために、11月11日の世界平和記念日には黙祷を捧げ、二度と戦争を起こさないという誓いを立てたいと思います。

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