「8月24日 愛酒の日」
■はじめに
異論はあろうかと思いますが、歴史上の人物は2通りに分かれます。
信長や秀吉、家康は未来永劫、忘れられることはないでしょうが、一方で、時代とともに影の薄くなってしまう偉人も多いですね。
渋沢栄一、北里柴三郎、津田梅子の名前も最近は耳にすることもなくなりましたが、新札に登場することで復活しました。
新渡戸稲造は5千円札の切り替えとともに忘れられてしまうのでしょうか。
と、前置きばかりが長くなりましたが、今日はその忘れ去られかけている若山牧水(1885~1928)にまつわる話になります。
昭和世代には懐かしい名前ですね。
目 次
愛酒の日とは
若山牧水は明治・大正の歌人で、北原白秋の早稲田時代の同級生であり、石川啄木の臨終に立ち合ったと言えば、少しは時代のイメージもつかみやすいかなと思います。
子どもに旅人(たびと)と命名するほど旅を愛し、自然を愛した歌人ですが、それ以上に大の酒好きとして有名で、1日1升は飲んでいたそうです。
そのために当然とも言えますが、43歳の若さで肝硬変のために亡くなりました。
夏の盛りに亡くなったにもかかわらず、死後もしばらくは遺体から腐臭がせず、「生きたままアルコール漬けになった」との逸話が残されています。
真偽のほどはわからない話ですが、いかにも若山牧水という逸話です。
やっと、8月24日の話にたどり着きます。
いつからか、この愛すべき大酒飲みにちなんで、牧水の誕生日の8月24日が「愛酒の日」と呼ばれるようになりました。
しかし、この趣旨を思えば、9月17日の命日のほうがふさわしいのではないでしょうか。
命日に故人を偲んで酒を酌み交わすことこそ「愛酒の日」だと思うのですが…。
愛酒の日の意味と由来
日本の短歌史に偉大な足跡を残した牧水は、生涯に15冊、約6900首を残しており、その中の200首は酒を詠ったもので、
「白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり」
という1首は、牧水と酒を代表する有名な1首です。
「酒ほしさ まぎらはすとて 庭に出でつ 庭草をぬく この庭草を」
これは牧水の最後の歌です。
愛酒の日のイベント
毎年8月24日は「愛酒の日」のイベントが各地で開催されますが、ほとんどは日本酒会社、蔵元主催となり、洋酒やビール会社の名前は見かけません。
しかし、牧水はウイスキーやビールもよく飲んでいたそうで、
「ウヰスキイに 煮湯そそげば 匂ひ立つ 白けて寒き 朝の灯かげに」
と謳ったのが、日本初のウイスキー蒸留所が京都・山崎に開設された年です。
ホットウイスキーを飲んでいたんですね。
■愛酒の日の雑学
▽日本酒の分類
日本酒は酒税法により8種類に分類されています。
まず米と米こうじで作られる「純米酒」はグレード順に、純米大吟醸酒、純米吟醸酒、特別純米酒、純米酒と区別されます。
これは精米歩合と香味、色沢によって差がつけられます。
次は、原料の米と米こうじに醸造アルコールを加えた「本醸造酒」で、大吟醸酒、吟醸酒、特別本吟醸酒、本吟醸酒に分けられ、基準は純米酒と同じです。
進物の際は名前に「純米」とついたものを選びましょう。
▽お酒の歴史
酒の歴史は紀元前4000~5000年あたりが始まりで、シュメール人が飲んでいた果実酒と言われています。
次いでビールが紀元前3000年ころですが、いったい、どんな味だったんでしょう。
ウイスキーについては、西暦200年ころのエジプトに大麦の蒸留酒があったという記録が、今のところ一番古いものです。
さて、日本酒ですが、米と米こうじが原料であることから、稲作が伝わった弥生時代に始まったと考えるのが自然です。
神話に残る日本初の酒は、須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を倒すために作らせたことから、神聖なものとされていました。
加熱した米を口の中でよく噛み、唾液に含まれた酵素で糖化し発酵させるという製法で、「口噛みノ酒」と呼ばれ、巫女のみが許される作業でした。
やがて醸造技術の発達とともに、神々や天皇に奉じるために、奈良時代には造酒司(みきのつかさ)という役所を設け、計画的な酒造りが行われるようになりました。
今でも正月に飲むお酒は「お神酒」と呼んでいますね。
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