「7月1日 テレビ時代劇の日」
■はじめに
以前は年末年始になると各テレビ局が大型時代劇を製作したもので、テレ東の12時間ドラマも年々放送時間が短くなって、とうとう製作されなくなってしまいました。
製作費や視聴率の都合は承知ですが、やはり筆者の年代には寂しい限りです。
目 次
テレビ時代劇の日とは
7月1日は「時代劇専門チャンネル」が制定した「テレビ時代劇の日」になります。
年々、時代劇の製作本数が減り、数多くの時代劇を製作してきた京都の撮影所からベテランスタッフがいなくなってしまい、製作のノウハウの伝承を危惧した関係者たちが、なんとか時代劇を再度盛り上げようとの想いから制定したものです。
■テレビ時代劇の日の意味と由来
7月1日という日は1953(昭和28)年にNHKで日本初の連続テレビ時代劇「半七捕物帳」の放送が始まった日であり、1998(平成10)年にCS放送の「時代劇専門チャンネル」が開局した日でもあります。
コンテンツは各テレビ局がかつて放送して人気を博した番組が中心で、視聴者の多くは購買余力のある50代以上のため、スポンサーもつきやすいと言います。
正確な数字は非公表ですが、現在は800万世帯超が契約しているそうで、最も人気のある有料放送になっています。
番組表を見ると、テレビ番組だけに放送時間が決まっているため、番組のほとんどが毎正時始まりときれいに並んでいますね。
■テレビ時代劇の日のイベント
かつてはこの記念日に「誕生祭」と銘打って、特別編成のラインナップを組み、無料放送のイベントを実施したようですが、現在「誕生祭」はやめてしまったようですね。
テレビ時代劇の日の雑学
▽鎌倉殿の13人
2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が好評で、日曜に放送されるたびにネットには書き込みが殺到しているので、時代劇好きの年配者に限らず多くの若い人も視聴しているようです。
これはNHKならではの豪華な出演者と、三谷幸喜氏の脚本の妙によると言われています。
筆者も欠かさず観ていますが、毎回のように人気キャラが消されてしまうパワーゲームに目が離せません。
例えば木曽義仲や義経、奥州藤原氏の滅亡など、知ってはいても定説とは異なる理由、経緯であっと言わせる意外性に興味が惹かれるんですね。
考えてみれば、日本史の授業で習った鎌倉時代はあまり劇的なこともなくて、印象に薄かったのも事実で、執権政治や北条氏は覚えていても、承久の乱なんて単語でしか記憶がありません。
そうした埋没しがちで地味な北条・坂東武者がクローズアップされたのは喜ばしい限りです。
ただし、あくまでもドラマなので、事実とは異なる脚色も多く、試験問題ではアタマを切り替えましょう。
▽かつての悪役新選組は今やヒーロー
かつての新選組は悪玉と決まっていて、筆者が子どものころに観た東映や松竹のチャンバラ劇では、悪役専門の俳優が近藤勇や土方歳三を演じていたものです。
新選組が見直されたのは子母澤寛の新選組3部作からだと思いますが、文体がやや難しくて読み進むのに時間がかかった記憶があり、読者層も年配が多くてブームには至りませんでした。
新選組が悪役から一転してヒーロー扱いされるようになったのは、1964(昭和39)年に刊行された司馬遼太郎の「燃えよ剣」がきっかけで、これは何度も映画化、テレビドラマ化されました。
そう言えば、NHK大河の新選組も三谷氏の脚本でした。
新選組のように歴史上の評価がころっと変わる例は少なくありません。
これは為政者の視点で評価されていたためで、石田三成は徳川に歯向かったことで長く大罪人とされ、賄賂で有名な田沼意次も実は先見の明があったと見直されつつあります。
いまだにどう評価していいのか判断がつきかねるのは徳川慶喜ですね。
大河ドラマ「麒麟がくる」の明智光秀はイメチェンできたとは言えず、吉良上野介は地元ではヒーローですが、全国的な見直しは難しそうです。
■最後に
また「鎌倉殿の13人」の話ですが、主人公の北条義時は承久の乱で3人の上皇を配流したことで、稀代の大悪人とされてきました。
今回のドラマで悪評も消えそうですが、そもそも北条義時という名前を知っている人がどのくらいいたのか疑問です。
筆者は北条早雲しか覚えていませんでした。
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