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咸臨丸の日とはいつ?意味や由来、イベントは。アメリカに到着の日

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「2月26日  咸臨丸の日」

■はじめに

軍艦と言っても、咸臨丸は中古の木造の改造船で、天候に恵まれた海路だったとは言え、よくぞこれで太平洋を往復できたものだと感心します。

もし、海の藻屑と消えていたら、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれず、少なくとも江戸無血開城はなく、江戸の町は火の海だったかもしれません。

 

咸臨丸の日とは

日米修好通商条約の批准書交換のため、江戸幕府所有の軍艦「咸臨丸」が、アメリカの軍艦とともに派米されることになり、1860(万延元)年1月13日に品川を出帆、同年2月26日、サンフランシスコに到着しました。

この到着日、2月26日が「咸臨丸の日」となっていますが、出帆日の13日も「咸臨丸出航記念日」とされています。

咸臨丸は翌年5月5日、浦賀港へ無事に帰港していますが、この日は記念日にはなっていませんね。

 

■咸臨丸の日の意味と由来

ペリーが浦賀に来航し、開国を迫った翌年の1854(安政元)年、江戸幕府は日米和親条約を締結するとともに、幕府海軍を創設し、さらに翌年、長崎に開設された海軍伝習所へオランダが練習艦「観光丸」を寄贈しています。

幕府もオランダへ、後に「咸臨丸」「朝陽丸」と名付けられる軍艦2隻を発注し、1857年、完成した咸臨丸が日本へ引き渡されましたが、工期から考えると咸臨丸は中古船を改造した船と思われます。

 

咸臨丸は3本マストの木造軍艦で、洋式のスクリューを装備する初の軍艦でしたが、排水量625トン、全長48.8m、最大幅8.5m、出力100馬力、速力6ノットという小規模な軍艦でした。

軍艦とされた咸臨丸ですが、華々しい軍歴はなく、それどころか任務のほとんどは輸送船としての役目で、アメリカ往復以降も小笠原諸島の巡視や幕府要人の輸送で、1866(慶応元)年には軍艦籍を抜かれて輸送専用船とされています。

 

それにもかかわらず「咸臨丸」という名前が有名なのは、初の太平洋往復と、それに乗船していた使節団に勝海舟、福沢諭吉、ジョン万次郎がいたことで、彼らを語る際には必ず「咸臨丸でアメリカへ…」というくだりが出てくるためです。

大政奉還後、旧幕府艦隊の輸送船として蝦夷へ向け品川を出港しますが嵐で座礁、修理中に官軍の手に渡って新政府軍の所有となり、その後は北海道開拓移民の輸送船として活躍しています。

しかし、1871年9月20日、北海道・木古内町サラキ岬沖で座礁、沈没しました。

 

■咸臨丸の日のイベント

毎年8月15~16日、木古内町では「きこない咸臨丸まつり」が開催され、吹奏楽演奏会、よさこいソーラン炎の舞、歌謡ステージ、ビアホール天国、仮装盆踊り、カラオケ大会など、咸臨丸とあまり縁のないイベントで盛り上がっているようです。

また、神奈川県横須賀市浦賀でも毎年5月に「咸臨丸フェスティバル」が開催されていますが、こちらも吹奏楽やダンス中心のメニューになっています。

咸臨丸のアメリカに向けた航海は品川を出て、浦賀に寄港しており、浦賀出港の1月19日を「咸臨丸出航記念日」とする向きも一部にあることから、浦賀でも記念行事が開催されるんですね。

 

咸臨丸の日の雑学

▽咸臨丸の最期

悪天候の中、座礁、迷走の末に沈没した咸臨丸ですが、赤ん坊や老人を含む401人の乗船者に犠牲は皆無でした。

これはちょっと考えられないことで、咸臨丸沈没の謎とも言われています。

 

咸臨丸が沈没した9月20日は現在の新暦で11月2日に当たり、津軽海峡は冷え込みの始まる季節で、風と潮の変化も激しいと言います。

そのころの咸臨丸は長年の酷使もあって、劣化も激しく、機関を外された帆走船で、おまけに100余人が定員のところを401人も乗せていたことも、嵐の海に抗えなかった原因かもしれません。

 

不幸中の幸いはサラキ岬近くに村があり、漁民が多く住んでいたことと、引き潮で救助がしやすかったことが挙げられます。

近年、海底に眠る咸臨丸の捜索が始まっており、新たな発見と謎の解明が期待されています。

 

▽咸臨丸と清水次郎長

戊辰戦争さなかの1868(慶応3)年、咸臨丸は清水港で修理中、新政府軍に包囲され、降伏の意思を示したにもかかわらず、乗組員のほとんどが斬り殺され海に投げ捨てられてしまいました。

新政府軍は遺体の埋葬どころか、海から引き揚げることも認めませんでしたが、この措置に憤慨したあの清水次郎長が深夜に遺体を回収し、無縁墓地に埋葬しました。

「死ねば皆仏、仏に官軍も賊軍もない」

この次郎長の男気に感銘したのが山岡鉄舟で、墓地に「壮士墓」の名を揮毫、今日に至るまで近隣住民が花を供えています。

 

■最後に

幕末の偉人のひとりとして名高い勝海舟ですが、ひどい船酔い体質で咸臨丸の艦長としての役目はまるで果たせず、指導役として乗船していたアメリカ人乗組員が操船したと伝えられています。

ドラマではべらんめえ調のカッコいい武士として描かれますが、アメリカへの航海は海舟の黒歴史だったんですね。

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