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10円カレーの日とはいつ?意味や由来は。実は大きな事件の背景が!

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「9月25日  10円カレーの日」

■はじめに

筆者が在籍していた会社は日比谷公園近くにあったので、よく散歩がてら訪れ、「10円カレー」で有名な「日比谷松本楼」の行列を目にしたこともありました。

聞けば、1200人もが開始前に並んでいるそうで、前日の夕方から待機している兵(つわもの)も10人いたそうです。

 

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10円カレーの日とは

9月15日は東京・日比谷公園内にあるレストラン「松本楼」が、先着1500人に10円でカレーを提供する「10円カレーの日」で、毎年のこの日には朝から行列ができて、首都圏のTVニュースでその様子が必ず伝えられる秋の風物詩にもなっています。

 

■10円カレーの日の意味と由来

1971(昭和46)年、日比谷公園で開催された沖縄返還協定反対集会が激化し、過激派学生の投げた火炎瓶の直撃を受けた松本楼が全焼しました。

しかし、松本楼を惜しむ多くの声に後押しされて再建を果たし、1973年9月25日に新装松本楼がオープンすることになりました。

同時に松本楼はその感謝の気持ちを込めた記念行事として「10円カレーの日」を始めましたが、正式には「10円カレーチャリティ」で、入場者が払う10円はすべてユニセフに寄付されるので、売上金とは言わず「入場者の献金」と呼んでいるそうです。

 

昨年までにその入場者は10万人を超え、松本楼の献金とあわせチャリティ総額は2300万円にも及んでいます。

入場者としても、チャリティであることはわかっているので、ふだんは1100円(2020年)のビーフカレーが10円では心苦しいと感じるのか、それ以上を献金する人も多く、平均すると1人200円の献金になっています。

先着1500人とは言っても、それをはるかに上回る人数が並ぶので、実際の提供は1800人を超しているそうです。

 

■10円カレーの日のイベント

「10円カレーの日」自体がイベントですね。

 

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10円カレーの日の雑学

▽日比谷公園と松本楼

1903(明治36)年、江戸城日比谷門前の旧武家屋敷跡地に設置された陸軍練兵場が移転したことで、日本初の洋式公園「日比谷公園」が誕生、同時に洋風の喫茶店として「松本楼」が園内で開業しました。

当時としては斬新なデザインの3階建てが目を引き、「松本楼でカレーとコーヒー」がいわゆる「ハイカラ」にあこがれた人たちの合言葉にもなりました。

 

また、夏目漱石や高村光太郎など明治の文豪や、亡命中の「中国革命の父」孫文などにも愛されましたが、やがて日比谷公園は日露戦争の祝賀会、選挙運動、民衆による社会運動、政府への抗議運動など、政治運動の場となり、松本楼のバルコニーは演説に恰好の舞台として利用されるようになります。

こうして日比谷公園と松本楼は、明治以降、政治や社会運動の舞台として象徴的な存在となったことで、1971年11月19日、沖縄返還協定反対デモの混乱の中、松本楼は火炎瓶によって関東大震災時に次いで2度目の焼失となりました。

 

▽10円カレー誕生の背景

1960(昭和35)年の安保闘争後に全学連が分裂して下火となった学生運動ですが、ベトナム戦争反対運動を機に再び活発となって生まれた全共闘は武装闘争を辞さずの方針で、バリケード封鎖の闘争は全国の大学のほか高校にまで広がり、やがて国際反戦デーや三里塚、沖縄返還協定反対など、投石や火炎瓶などで機動隊との市街戦に突入し、警官の死亡事件にまで発展しました。

 

しかし、路線の対立から党派闘争が発生し、党派間で殺し合いが続く事態となって、学生運動は国民の支持を失う中、1971年には中核派が核マル派の学生を殺す事件が発生し、これに対する報復がエスカレート、多くの死者を出す報復合戦となりました。

そうした事件が相次いだ直後に起きた日比谷の騒動で松本楼が焼失したことになり、松本楼はとんだ巻き添えにあったことになります。

 

この後、内ゲバで追い詰められ、さらに過激化した学生が「連合赤軍」を結成、多くの同志を「総括」と称して殺害した「山岳ベース事件」や「あさま山荘事件」を起こすことになります。

なぜ、10円カレーの話が学生運動になるのかと言えば、そんな世相の中で松本楼は焼失し、再建しましたが、それを知らない若者にとってはカレーを10円で食べられるチャリティイベントにすぎません。

当時を知る高齢者が並んでいるとしたら、10円カレーが意味する騒然としたあの時代を思い起こしているに違いありません。

 

■最後に

1968(昭和43)年10月21日の「国際反戦デー」、2000人の過激派学生たちが明治公園、日比谷公園での集会後、角材などで武装して新宿駅に集結、駅を占拠、車両に放火し、信号機に投石するなどの破壊を続け、ヤジ馬が2万人集まる中、機動隊と激しい攻防が繰り広げられました。

筆者はその翌日、新宿へ出かけましたが、西口と東口をつなぐ地下道には、前日の催涙弾の残滓が漂っていて、目にしみて足早に通り過ぎたことを、10円カレーのニュースを耳にするたびに思い出します。

今では想像もつかない、そんな時代でした。

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