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孤児院の日とはいつ?意味や由来は。両親を失った天涯孤独の子どもの救いの場

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「9月22日  孤児院の日」

■はじめに

国は経済事情や病気、虐待などで親と一緒に暮らすことができない子どもたちを、児童福祉法に基づいた施設に収容し、養育しています。

この施設は年齢や目的によって「乳児院」「児童養護施設」「自立援助ホーム」の3つに区分され、「孤児院」という呼称は法改正によって、1947(昭和22)年以降は使用されていません。

 

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孤児院の日とは

1887(明治20)年9月22日、岡山の医師、石井十次(1865~1914)が、日本初の孤児院「孤児教育会」を創設したことを記念して、同日が「孤児院の日」と呼ばれるようになりました。

 

 

岡山医学校在学中、キリスト教に入信した石井は、巡礼途中で夫に先立たれた母親からひとりの男児を引き取ったことがきっかけとなって、岡山市の三友寺で孤児教育会(後の岡山孤児院)を創設することになります。

 

石井は孤児院運営に専念するため医師の道を断念し、その後、小林富次郎商店(現ライオン)、大原孫三郎、米国や清国の篤志家などの援助を受けながら、1891年の濃尾地震被災孤児93人のために名古屋でも孤児院を開設したり、1904年には日露戦争による孤児63人、1906年には東北地方凶作で824人を受け入れるなどして、岡山孤児院の収容は1200人を超えることになりました。

さらに石井は大阪に保育所と夜間学校を、東京に職業紹介事務所を開設するなどしましたが、1914年に腎臓病のため永眠しています。

 

石井の死後、一連の事業は大原孫三郎が引き継ぎ、財団法人石井記念大阪愛染園を設立したのをはじめ、病院や特別養護老人ホーム、救済事業研究室(現法政大学社会問題研究所)なども運営しています。

後に数度の組織改編を経て、現在は岡山県の「新天地育児院」と、石井の生まれ故郷の宮崎県の「石井記念友愛社」が石井の精神を引き継いで活動しています。

 

また、宮崎県の公益社団法人「石井十次顕彰会」は毎年、児童養護や福祉に貢献している施設、団体、個人を「石井十次賞」として表彰しています。

2004(平成16)年にはねむの木学園園長の故宮城まり子さん、2020年にはユニセフ親善大使の黒柳徹子さんが受賞しています。

「福祉」という概念がなかった明治の時代にあって、3000人もの孤児たちを養育、教育して手に職を持たせ、自立させた功績から、石井十次は「児童福祉の父」と呼ばれています。

 

■孤児院の日の意味

孤児院の日には、日本初の孤児院が創立された日とこれを創設した石井十次医師を讃えるという意味があります。

 

■孤児院の日の由来

孤児院の日は、1887年(明治20年)9月22日に日本で初めての孤児院が作られたことに由来して制定されました。

 

■孤児院の日のイベント

9月22日には何もイベントがありません。

「孤児院」という言葉自体がすでに死語同然であることからも、今後「孤児院の日」が注目されることはないでしょう。

 

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孤児院の日の雑学

<石井十次ってどんな人?>

日本で初めて孤児院を創った石井十次とはどんな人だったのでしょうか?

石井十次は、1865年(慶応元年)に高鍋藩(現在の宮崎県高鍋町)の下級武士である石井家の長男として生まれました。

 

子供のころから心優しかったといわれている十次は、貧しい友達がお祭りの日に縄の帯を締めていていじめられ泣いていたところに遭遇し、自分の新品の帯と友達の縄の帯を交換したというエピソードが残っているほどです。

十次の母・乃婦子は貧しい人たちや親を亡くした子供たちにを手助けするような優しい人だったそうで、この十次の優しさは母親から受け継いだものともいわれています。

 

また、十次は「思い立ったら即実行」という猪突猛進型の性格だったそうで、人の役に立とうと海軍士官になるために14歳で東京の学校に行ったり、西郷隆盛の吉野村(現在の鹿児島県吉野町)開墾の話に感銘を受けて15歳で開墾をしたりしたそうです。

14歳で東京の学校に入学した十次でしたが、脚気を患い1年で宮崎に帰りました。

16歳で結婚し、小学校の先生や警官と職を転々としていた時に出会った医師・荻原百々平に勧められて医師になるために17歳で岡山県に移り住み、岡山甲種医学校(現在の岡山医大)に入学しました。

 

学生時代、キリスト教に入信して22歳の時に岡山の診療所で代診を行っていたところ、診療所の隣にあった貧しいキリスト教巡礼者たちの宿にもなっていた大師堂で夫に先立たれた女性から1人の子供を引き取ります。

このことをきっかけに引き取る子供が増えていき、1887年(明治20年)に岡山市の三友寺というお寺の一角を借りて「孤児教育会(後の岡山孤児院)」を作りました。

 

十次はこの時、医者になるか児童救済を続けるか悩みましたが「医者になるものは他にもたくさんいるが、児童救済ができるのは自分しかいない」と持っていた医学書を全て焼いて子供たちのために生きることを決心したといいます。

この時代、貧困に苦しむ人が多く孤児院に預けられる子供は年々増えていき、また1891年(明治24年)に愛知県で起きた濃尾地震での震災孤児も十次自身が被災地に赴いて連れ帰ったりしたため岡山孤児院には多い時で1200人もいたことがあったそうです。

 

しかし十次は誰一人として手放すことなく、それどころか子供たちが自立できるように活版や機織りなどの技術訓練を行う「事業部」を創ったり、孤児のための尋常小学校を創ったり、子供たちに音楽を教えて音楽隊を結成し全国各地で公演をして義援金を集めるなどの活動をして資金を調達しました。

また、現在でも行われている「里親制度」を日本で初めて行ったのも石井十次なのです。

そんな十次の活動に感銘を受けた倉敷市の事業家・大原孫三郎は物心両面で十次のよき理解者となりました。

 

その後十次は、故郷の宮崎県高鍋町茶臼原に孤児院を移し48歳に腎臓病で永眠します。

十次が亡くなった後、資金や後継者問題で岡山孤児院は解散し茶臼原校も閉鎖してしまいました。

 

しかし第二次世界大戦終戦後、孫の児島虓一郎が十次の意思を引き継ぎ1945年(昭和20年)に「石井記念友愛社」を設立し現在も宮崎県高鍋町を中心として児童養護施設や乳児院、保育園や老人介護施設などの運営が行われ、またかつて大阪に「石井記念愛染園」が大原孫三郎によって設立され現在でも保育園や病院などの運営が行われています。

 

<孤児院が出てくる物語は不幸なものばかり?>

昔から、主人公が孤児院出身という物語は数多くあります。

その多くは、主人公が孤児院でいじめられたり十分な教育が与えられなかったりしていますよね。

私も赤毛のアンやあしながおじさんを読んで、子供心に孤児院は怖い所だと思っていました。

しかし、孤児院を舞台にした物語はつらいものばかりではありません。

 

「若草物語」の続編である「第三若草物語」は、大人になって結婚したマーチ家の二女ジョーが作った「プラムフィールド学園」で繰り広げられる物語で、孤児の子と親元を離れた子が共同生活をしている間の成長が描かれています。

この物語の中では、子供たちはジョーをはじめとする優しくも厳しい大人に温かく見守られながらのびのびと健やかに育っていく様子が描かれているので、少し憧れをもって読んでいました。

 

また「続あしながおじさん」では、前作の主人公ジュディの親友サリーが孤児院を立て直していく物語です。

当時の孤児院事情や時代背景が赤裸々に書かれているので、現在と考え方が違うところもありますが、大人が子供のために愚痴を言いながらも奮闘していく大人が読んでも面白い物語です。

 

▽今の孤児は親の養育不能から

石井十次が収容した子どもたちは、戦争や災害などで両親を失い、親類もいない天涯孤独の子どもでしたが、現在の児童養護施設は親が養育不能になって預けられているケースがほとんどです。

中でも「虐待」という理由が年々増加しており、2015年には虐待通告件数が初めて年間10万件を超え、2005年からの10年間で約3倍となっています。

しかも、この数字は児童相談所の相談件数であって、表面化しない虐待実数ははるかに上回っているものと思われます。

 

▽日本は里親委託率の向上を…国連の指摘

2010年、日本政府は「国連子どもの権利委員会」から、里親制度や特別養子縁組制度の取り組みが著しく遅れており、児童の権利を十分に担保する政策が欠如しているとの審査結果を突き付けられました。

 

海外の要保護児童の育成環境を見ると、オーストラリアは90%の子どもが里親委託によって家庭内で養護されています。

次いで香港が80%、米国と英国は70%、フランスとドイツ、イタリアが50%、韓国40%で、これに対し日本はわずか15%と、かなり見劣りする数字になっています。

 

日本では年間3000人の赤ちゃんが保護を必要としていますが、比較的里親が見つかりやすい乳幼児でも10%程度しか里親が見つからずに乳児院に入所しています。

日本の里親制度が進まないのは、「今は育てるのがムリでも将来的に手放したくない」「愛情が他人に移ってしまう」という理由で、実親の同意を得ることが困難なためと見られています。

親権の判断を児童相談所から、欧米のように裁判所に委ねて、法的介入を制度化することも視野に入れるべきだと思います。

 

2017年の改正福祉法で、国は施設より里親を優先するとして、未就学児は7年以内に75%、就学後の子どもは10年以内に50%の里親委託率、養子縁組を5年で1000件などとする目標を掲げました。

目標は大切ですが、その目標を達成するための手段については心細い限りです。

 

日本には、岡山孤児院が作られる前から親を亡くした子供たちを預かることはありましたが、お寺や個人的なもので子供だけで生きていかなければならないことも少なくありませんでした。

それを1人でも多くの子供を救うために大きな事業として確立させた石井十次は多くの人たちの心を動かし、ついには海外や明治天皇の皇后陛下からも支援を受けました。

そんな石井十次の意思が現在でも受け継がれて子供だけでなく多くの人たちの救いの場や憩いの場になっていることを忘れないようにしたいです。

 

■最後に

「児童養護施設に長くいると、子どもの社会性を妨げる」と言われています。

施設では多くのルールに縛られる毎日のため、いざ社会に出るとルールなしには行動できないという弊害が指摘されています。

自由を与え、自分で判断させて、時にはしかる…そんな愛情を持って家庭内で育てることが求められています。

 

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