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沖縄慰霊の日とはいつ?意味や由来、イベントに沖縄全戦没者追悼式

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「6月23日  沖縄慰霊の日」

■はじめに

毎年、夏になるとTVで終戦特集番組が編成されて、アメリカ軍が撮影した沖縄戦のモノクロ映像が放送されます。

筆者もこの映像や、教科書の短い記述でしか沖縄戦を知らずに成人してしまい、沖縄の悲惨さは知識でしかありません。

まして、次代を担う若者に「慰霊の日」の意義をどう伝えるのか、教育の範疇には収まらない重い課題は残されたままになっています。

 

■沖縄慰霊の日とは

アメリカ軍が沖縄本島に上陸した1945(昭和20)年4月1日、沖縄守備隊との間で本格的な地上戦が開始され、80日の激戦の末、6月23日に守備隊の司令官らが自決して、日本軍の組織的な抵抗は終わりました。

沖縄戦終結のこの日を、アメリカ施政権下の琉球政府と沖縄県が「慰霊の日」と決め、1961(昭和36)年に「住民の祝祭日」と制定しましたが、1972(昭和47)年の沖縄本土復帰によって休日としての法的根拠は喪失しました。

 

その後、1991(平成3)年に沖縄県条例で休日と定められましたが、あくまで県条例なので沖縄県内だけの休日です。

「沖縄慰霊の日」は、国の出先機関以外の県庁や各役場、公立学校などはお休みですが、民間企業は休業日とはしていないようです。

都民の日、県民の日と同じような性格の祝日ですね。

 

■沖縄慰霊の日の意味と由来

沖縄戦は6月23日に終結したとされていますが、降伏を潔しとしない軍人らによる局地的戦闘は続き、最終的な民間人の犠牲者は約15万人と言われますが、戸籍の焼失、紛失などで正確な数字は確認されていません。

犠牲が約15万人とすれば沖縄県民全体の25%に相当しますが、激戦地の浦添村(現浦添市)では約44%、西原村(現西原町)で約47%、南風原村(現南風原町)で約41%もの住民が戦死しています。

 

太平洋戦争で日本国内の一般住民が唯一、地上戦に巻き込まれ、戦ったというのが沖縄戦であり、戦没者の霊を慰め、平和を祈る日が「沖縄慰霊の日」で、戦争体験者が少なくなる中、次代へ戦争の悲惨さを語り継ぐ決意を新たにする日でもあります。

 

■沖縄慰霊の日のイベント

毎年、6月23日には沖縄県の主催で「沖縄全戦没者追悼式」が糸満市の平和祈念公園で開催され、琉球舞踏や古典音楽を奉納献奏する前夜祭、当日の開会前には平和祈願慰霊大行進、夜には「平和の光の柱」と呼ばれるサーチライトの照射、キャンドルや灯籠流しなども、多くの団体の主催・後援で実施されています。

 

また、戦没者の慰霊は沖縄だけにとどまらず、沖縄出身者や学生たちが全国各地で沖縄伝統の歌や踊りを披露、多くの参加者を集めて慰霊の精神を広く伝えるイベントを開催しています。

 

 

■沖縄慰霊の日の雑学

 

▽最初は22日が慰霊の日だった

自身が教育者であり、周囲も人格者と認め、アメリカ軍からも評価の高い沖縄守備隊司令官の牛島満大将が、結果的に犠牲者を増やすことになった

「生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」

などというとんでもない命令を、なぜ最期に残したのかは、時代の重圧がそうさせたとしか解釈できません。

 

その牛島大将が22日の午前4時に自決したため、当初は22日を「慰霊の日」としていましたが、後に23日に自決という大本営資料が発見されたことにより、23日に変更して今日に至っています。

 

しかし、終戦当時のアメリカ軍調査や捕虜の証言からは、22日説が正しいように思えますが、そもそも司令官自決をもって慰霊の日とするのはいかがなものかと考えると、自決の日がどうであれ、22か23かの論争は無意味ですね。

 

▽遺骨84柱のDNA鑑定できず

2018年末、厚生労働省は身元不明の沖縄戦の戦没者遺骨84柱について、犠牲者遺族286人から提供された検体とDNA照合鑑定を実施しましたが、血縁関係の証明には至らなかったと発表しました。

高温多湿の環境下に放置されていたため、DNA判定に足るデータが抽出できなかったためです。

 

▽「慰霊の日」の休日廃止騒動

「慰霊の日」の休日について、1988(昭和63)年にひと騒動持ち上がりました。

当時は「日本人ハ働キ過ギデ~ス」と国際的に非難されていて、政府は週休2日制を推進する一方、地方自治法を改正して地方独自の休日は認めず、国の休日に合わせるよう義務付けました。

しかし、これでは「沖縄慰霊の日」が休日でなくなり、慰霊祭や平和行進もできなくなってしまいます。

 

時の西銘県知事も政府の意向に沿って廃止を主張したため、労働組合や教職員、学者、法曹関係者などが猛抗議し、県民挙げての抗議運動へと発展しましたが、知事はどういうつもりか与野党そろっての反対や県民感情に目もくれず、解決の糸口がないまま紛糾は続いていました。

そんな中、歴代首相が初めて参列した1990年の追悼式で、「存続を検討する」と海部首相が明言し、特別措置として今も「慰霊の日」は県民の休日となっています。

 

■まとめ

地政学的に見れば、沖縄が本土防衛の防波堤になることは仕方ないことだったかもしれませんが、その負担を沖縄の一般住民にまでかけた歴史を忘れてはいけません。

今も「国を守る」ことで沖縄は他の自治体よりはるかに大きな負担を強いられていて、本来、普天間か辺野古かという問題ではないはずです。

今、「慰霊の日」が求めるものは「慰める」「願う」ことだけではなく、沖縄を「考える」ことではないでしょうか。

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